MASH SF 花澤洋平インタビュー

みなさん花澤洋平という人物を知っていますでしょうか?

現在彼は自転車とは少し距離を置いた生活をしています。
ではどうして彼にインタビューをするのか?

その訳は彼が日本人で唯一の*MASHライダーだったから。

今でこそコンペティションのイメージも持ち合わせているMASHですが、約10年前彼が現場にいたその瞬間はどうだったのだろうか?
わかっているようで、わかってない当時のMASHが聞けるのではないか?

HOW I ROLLとMASHは特に関係はないのですが、当時日本からMASHを見ていた一個人的にとても興味がある内容。

今回はそんなことから、MASHに関しての質問を彼にぶつけてみようと思います。
どんな話が出てくるかとても楽しみです。

*MASHはアメリカ•サンフランシスコからFixedgear(ピスト)カルチャーを世界に先駆け発信した集団。現在はオリジナル製作の自転車、パーツなどをリリースし集団からブランドへ成長

-先ずは自己紹介をお願いします。

花澤洋平です。
千葉県木更津出身です。

-自転車とか関係なくアメリカに住むことになったことは以前から聞いてましたが、実際アメリカには何を目的にいったのでしょうか?

いろいろあって…ここではちょっと言えないです。
*本当に言えない話なんで聞きたい方は直接どうぞ

最初はテネシーってとこでノンビリ過ごしたりして、それからニューヨークに住んでみたりして、最終サンフランシスコへ流れ着きました。

-何がきっかけで自転車に乗り始めましたか?

NYに住んでいた頃にSUPREMEに行ったら、突然ロードバイクで現れた奴がいて、しかもデニムのお尻のポケットにアメリカの小さい小旗が刺さっていて…やばい!すげーかっこいい!って思ったんです。

日本では父親がロードバイクに乗っていたから、その時に彼の乗っていた自転車にはブレーキがないとかは見てすぐにわかって、さらにむちゃかっこいいーってなりました。

Art by Keybow

しばらくその自転車の印象がずっと残っていて…
でもその時はその自転車が何かはわかってなかったです。

-そうなんですね。いつそれがFIXEDGEARってわかったんですか?

それからしばらくしてサンフランシスコへ引っ越しました。
友達が家に遊びに来た時に『見てくれよ!俺がこのホイール作ったんだぜって』自分で組み上げたホイールを持って現れたんですよ。
ちょっとよくわからなかったから、これ何って?
そしたら友達はこれはFIXEDGEARって言うんだよって教えてくれたんですね。
でもまだよくわからなかったから、さらに説明を受けて…ブレーキとかないって聞いた瞬間に、これだって!思って。
NYで自分が見たあの自転車だと。

それからその日に友達には速攻で組み上げてもらって、すぐに乗らしてもらって、俺もこれが欲しいってなりました。

*FIXEDGEAR:日本ではピストなどと呼ばれる競輪をルーツに持つ自転車

-すぐにFIXEDGEARを手に入れたんですか?

我慢できないから翌日にロードバイクをベースに固定ハブを取り付け、一台組み上げました。そしてその5日後に競輪フレームを探し始めました。

でも当時のアメリカにはそんな競輪フレームはなかったんですよね。
その時は日本人ということを生かして日本のヤフオクで探し出してアメリカへ輸入しました。

-最初の競輪フレーム(NJS)はどのブランドでした?

当時競輪フレームは日本のヤフオクにもあんまりなかったんですが、偶然落札したそのフレームがNAGASAWAだったんですよ!
そっから競輪フレームはずっとNAGASAWA乗ってます。
ちなみに当時3万円でしたね。
そこからFIXED GEARにどっぷりはまっていきました。

-何がきっかけでMASHに出会いましたか?

サンフランシスコにドロレスパークってとこがあって、夕方とかにいろんな人が集まってくる場所があったんですよ。

まあ適等にいろんな人が集まってて、ビール飲んだりゆっくりチルするところって感じで。

そこにはMike、Gabe、Massanとか、その後MASHって呼ばれるメンバーたちも居て…普通に友達だったんで。

で、Mikeはいつもカメラを回しているんですよ。でもなんでカメラを回しているかはその時は理解してなかったです。まあ普通に自転車のシーンを撮影しているんだなって。

-Mikeが趣味的に撮影をしているように思っていたんですね?

そうです。
そしたら突然ある日洋平のパート撮るからって言われたんですね。
俺のパート?何?最初はよくわからなかったけど、Mikeに今からお前の家に行くから歯を磨いていながら待ってくれって(笑)
それでその日に撮影して、じゃあみたいな感じです。

それでまたしばらく経って2005年くらいかな、1分位のトレーラーみたいな映像が公開されて。
初めて見た時はこれMikeが作ったんだ~すごいじゃんみたいに普通に感心してました。

-ということは撮影の後からMASHを知ったのですか?

そうなんです、撮影したりしている時は別にMASHなんて全く知らなかったです!なんで僕ら草野球していたら、いきなりプロに出場みたいな(笑)最初は全く理解できなかったですよ。

-初期の段階では自分はMASHって認識は他のメンバーにあったのですか?

誰も思ってないですよ(笑)

-なるほど、面白いです。ではMASHになった他のメンバーはどんな人たちでしたか?

一言でいうと不良ですね。
みんなで自転車で出かけてうちに帰ってきて、疲れたな~ふぅ~みたいな感じになるじゃないですか。そしたら持ち歩いている銃とかをテーブルの上にガンって置くんですよ。
こっちはえーっみたいな感じで最初はびっくりしましたね。

-みんな銃は携帯しているのですか?

はい、みんな普通に持ち歩いてましたね。死なないためっていうんですかね。やられる前にやるっていうんですかね。

自分もナイフは携帯してました。
危ない所を歩く時は、刃を出して常にポケットに忍ばす的な…いつでも出せるように。
なんで僕のジャケットのポケット中はいつも穴だらけでしたよ!(笑)

-日本にはない貴重な体験ですね。そのサンフランシスコっていうかアメリカから日本へ帰ってくることになるのですが、そのきっかけは?

きっかけは*HALくんの言葉だったんですよ。日本にたまに帰った時にHALくんにたまに会ってて、彼に日本って今はどうすか?みたいな質問をしたんです。

そしたらHALくんに『みんなが同じ方向を向いてます』って言われたんです。要はその当時日本のストリートシーンの中心にいた人たちが同じ方向を向いていますってことだったんですね。やっぱ自分的には同じ方向を向いていたし….そう言われた時に日本帰ってみよって思いました。

*HALくん:元メッセンジャー/日本のピストブームの立役者の一人

-その後日本に帰ってくるわけですが、東京ではどうしてましたか?

日本帰ってすぐに働きたかったから、W-BASEで働かせて欲しいって話して、W-BASEで働くことになりましたね。でも最初はアメリカとの違いに驚きました。

お店のオープンは11:00からって言われて11:00にW-BASE行ったら、普通日本では30分前に来るんだって怒られました(笑)
今は大丈夫です。

-池袋でのMASH DVDのプレミアは実際に見ていたので表向きなことは知ってはいますが、裏ではスムーズにことは進んでいたのですか?

いやいや~全然です。
彼ら東京ではホテルに宿泊していたんですね。外出して何人かでホテル帰ったらホテルの壁がボムられているんですよ~。
ヤバっ、まじ勘弁だなって思っていると、支配人が出てきてお前らだろって(怒)このホテルにはこんなことするやつらはお前らしかいないって。

で、言い返すしかないから、見たんか~って支配人に言い返すんですけど…

でも壁に描いてあるんですよ、
Massanって(笑)
まじいろいろやばかったです。

-いろいろ大変だったんですね。最後の質問です。あなたにとってMASHとは?

そうですね、普段は過去のことでMASHって今更言うことではないって思ってますけど、でもいろいろな出会いをくれたのはMASHかなって思ってます。

例えば車を運転していたら横にヒロシさんやヨッピーくんがいたりってそれ以前は考えられなかったし。昔は雑誌の中の人だったから。有名な人以外にも多くの人に出会えて友達になれたということが嬉しいですね。

-質問は以上です。貴重なお話ありがとうございます。
最後になにか一言ありますか?

“ヤクブーツはやめろ”

-最近YOUTUBEで公開されたMASH SF 2007 FULL MOVIEはこちら
もちろん洋平氏の若かりし姿もご覧になれますよ。